1993年にテレビ朝日に入社して以来、テレ朝の看板アナとして長年活躍してきた大下容子アナ。現在は役員待遇のエグゼクティブアナウンサーへ昇進し、局からも後輩・新人アナウンサーからも信頼の厚い存在となっています。そこで今回は、大下容子アナの年収や経歴、大下容子 結婚歴について調べてみました!
まずは大下容子(おおした ようこ)アナのプロフィールから!
まずは大下容子アナのプロフィールを紹介します。
- 生年月日:1970年5月16日
- 年齢:55歳(2026年の誕生日で56歳)
- 出身地:広島県広島市南区
- 血液型:A型
- 出身校:慶應義塾大学法学部法律学科
- 勤務局:テレビ朝日
- 所属部署:ビジネスソリューション本部 コンテンツ編成局 アナウンス部
- 職歴:エグゼクティブアナウンサー(役員待遇)
30年以上にわたってアナウンサーとして活躍するベテランアナですよ。
好きな映画や本などは?
「金曜日の仕事が終わって食べたいものを食べたいだけ食べるとき」に幸せを感じるという大下容子アナ。好きな言葉には「最善を尽くす」をあげており、尊敬する人には「両親」を挙げていますよ。人柄が感じられますね。お気に入りの映画は「ローマの休日」、好きな本は「窓際のトットちゃん」をあげており、子供のころ好きだったテレビ番組は「ザ・ベストテン」だったそうです。
取材してみたい人にはケイト・ブランシェットさんを挙げており、「毎日が心動かされることの連続で五感をフル回転させていられる」のがアナウンサーになって良かったことなのだとか。趣味はあまりないそうですが、旅行は好きとのことですよ。
広島風お好み焼きが得意
広島県広島市出身の大下容子アナは、広島のお好み焼きを好物にしており、広島の実家の斜め前のお好み焼き屋さんにも帰郷した際によく食べに行くそうです。「かばんを置くや否や食べに行く」と語ったこともあるほど。また、自身の得意料理としてもお好み焼きをあげており、家でも自ら作るそうですよ。他の好物には根菜の煮物を挙げています。
大学4年間で標準語をマスターしたと自負するものの、テレビ朝日に入社した時には広島弁を指摘され、完全にはマスターしきれていなかったそうです。
広島カープの大ファン
大下容子アナはプロ野球の球団、広島東洋カープの大ファンでもあります。カープは12球団の中でもトップクラスに地元と強い結びつきを持つチームではありますが、大下容子アナは上京して長くたって以降もカープのことを気にかけており、カープ関連の大きなニュースを率先して取材しに行くこともあるそう。1975年のカープ初優勝時のスターティングメンバーをすんなりと言え(大下容子アナが5歳の時の出来事です)、2015年の黒田博樹さんのカープ復帰を「(当時の)最近嬉しいニュース」に挙げ、広島市民球場最後の試合や完成前のマツダスタジアムの取材も行ったそうですよ!
ベッカムや尾崎豊の大ファンという情報も
大下容子アナのその他の情報としては、かつて一世を風靡したサッカー選手、デビッド・ベッカムさんや、尾崎豊さんの大ファンという情報もあります。また、神楽坂女声合唱団、スター混声合唱団のメンバーでもあるそうですよ。
大下容子アナの経歴!
ここからは大下容子アナの経歴について紹介します。
大下容子アナの幼少期
大下容子アナは4人家族で、父親は内科の開業医だそうです。現在は兄が実家を継ぎ医院長を務めているとのこと。大下容子アナも子供の頃は医師になりたいと思っていたそうです。ただ、理系科目が苦手ということで結果的にその道には進まなかったんですって。広島大学附属小学校、広島大学附属中学校・高等学校を経て、慶應義塾大学法学部法律学科へ進学。中学・高校時代はバレーボールに所属し部活動に打ち込み、大学ではテニスサークルに所属しテニスに夢中になっていました。大学時代は女子寮の女子学生会館に住み、門限も22時だったため、真面目な学生生活を過ごしたと話しています。
幼いころは野生児?
実家は南区で父は島の出身ということもあり、幼少期の大下容子アナは本人曰く「野生児」だったそうです。今からは少し想像つかないところもありますが、野山を駆け巡って遊んでばっかりだったそうですよ。
また、魚が本当に美味しい地域で住んでいたとのことで、食卓には毎日魚があったと語っています。当時は「どうして肉やハンバーグではなく魚なんだろう」なんて考えていたという大下容子アナですが、大人になってから当時は本当に恵まれていたということに気づき、「広島の魅力って離れて初めて分かるのかも」と語っています。
大下容子アナがアナウンサーを目指したキッカケ
父親の背中を見て医師を志すも、理数系の科目が苦手だったため高校時代に断念。大学時代も特にアナウンサー志望だったわけではなく、就職活動を始めた時は金融業やメーカーなど職種を問わずOB・OG訪問をしたそうです。もちろんアナウンススクールなどにも通っていませんでした。そんな大下アナでしたが、テレビ朝日のプレ採用の最終選考で落ちたことにより、アナウンサーへの思いが強く大きくなったそうです。その後はアナウンサー試験に力を注ぎ、最終的にはテレビ朝日にアナウンサーとして入社することが決まりました。
「ワイド!スクランブル」のMCで一躍有名になる
スポーツが大好きだった大下容子アナは、入社当初からスポーツ番組のレポーターを志望し、1998年 FIFAワールドカップフランス大会や1998年長野オリンピック、2000年シドニーオリンピックの現地レポーターを務めるなど、主にスポーツキャスターとして活動。そして1998年10月より情報番組「ワイド!スクランブル」の女性メインキャスターに抜擢され知名度も上昇しました。同番組は2019年から「大下容子ワイド!スクランブル」と名を変え、大下アナの冠番組になっています。また、2002年1月からは教養バラエティ番組「SmaSTATION!!」のサブMCを務めるなど、テレビ朝日を代表する女子アナウンサーとして人気番組を歴任しています。
エグゼクティブアナウンサーへ昇進
平日のお昼時間帯に生放送されている「ワイド!スクランブル」と土曜の夜間に生放送されていた「SmaSTATION!!」を兼任していた頃は、「週6日生放送番組にレギュラー出演」と民放キー局のアナウンサーでは考えられないほどのハードスケジュールこなしていた大下容子アナ。その仕事ぶりが認められたのか2020年6月26日付で、テレ朝の現役アナウンサーでは初となる役員待遇のエグゼクティブアナウンサーへ昇進しました。そして現在もテレ朝の現職最年長女子アナとして自身の冠番組や特別番組の出演を続けています。気になる大下容子 年収ですが、テレビ朝日の役員の平均年収が2,400万円と言われているので、おそらく大下アナの年収もそれくらいなのではないでしょうか。
テレビ朝日エグゼクティブアナウンサー・大下容子は結婚しているの?
テレ朝の女子アナウンサーである大下容子 結婚しているのかどうかについては、結論から言うと大下容子アナは独身です。アナウンサー歴30年、多くの芸能人や著名人に会っていると思うので出会いはたくさんありそうですが、今まで結婚どころか熱愛報道すら無いようです。大下容子 結婚しない理由は、おそらく仕事が多忙過ぎるからなのではないでしょうか。前述した通り平日週5日は生放送に出演し、新人アナウンサーの教育、ドラマでアナウンサー役を演じたり特別番組で司会やナレーションを務めたりと、多忙を極めている今は専業主夫になってくれる男性でも現れない限りは大下容子 結婚はなかなか難しいのかもしれませんね。
大下容子の恋愛事情は?
大下容子アナの恋愛事情については、2017年に30代の男性との焼肉デートの情報を週刊誌に掲載されたこともあったようですが大下容子さんの熱愛系のニュースは長いアナウンサー活動の中でそれくらいのものであり、その一件についても公式に交際の事実を認めるといったこともなく、基本的に熱愛報道は出ていないということになります。
2022年には「気が付けばこの年齢になっていた」「結婚に向けた行動を積極的にしてこなかった」と語っており、自分について結婚願望が強くなかったのかもしれないと分析されています。意図的に結婚を避けたというよりは、自然に生活する中でそういう形になったということでしょうか。
まとめ
今回は、テレビ朝日の人気女子アナウンサーで現職最年長女子アナでもある大下容子アナの年収や経歴、大下容子の結婚歴についてまとめてみました。大下容子アナはほんわか柔らかい印象の容姿ですが、とても仕事熱心でバイタリティー溢れるキャリアウーマンで、大下容子アナに憧れている女性も多いのではないでしょうか。60歳の定年まではあと7年ある大下容子アナ。これからもテレ朝の看板アナとして元気に活躍を続けてほしいです!








